セロトニン再取り込み阻害薬による不安緩和作用の作用機序解明-光遺伝学を用いて

大村 優
(北海道大学大学院医学研究科 助教)

2014年12月20日土曜日

論文紹介:抗うつ薬のミルナシプランは内側前頭前皮質腹側部障害ラットの衝動性を抑制する

最近、私と大学院生が中心となって進めた研究論文が無事受理されました。

Milnacipran Remediates Impulsive Deficits in Rats with Lesions of the Ventromedial Prefrontal Cortex.
Tsutsui-Kimura I, Yoshida T, Ohmura Y, Izumi T, Yoshioka M.
Int J Neuropsychopharmacol. 2014 Dec 8. pii: pyu083. [Epub ahead of print]

第一著者の木村さんはデータ量の多いこの研究のほとんどの実験を実行した働き者で、現在慶應大学でポスドクとして立派に働いています。私は第三著者で、研究企画、計画に中心的な役割を果たしたということでcorresponding authorとなっています。

研究者は上記の論文を直接読んでもらうとして、研究者以外の方のためにこの研究を一言でいうなら、「ミルナシプランという薬を長期間与えると、脳の一部に障害があるラットの衝動的行動が減ったよ」ということです。

今の一言で興味が沸いた方がいたときのために、もう少し詳しく説明しましょう。

まず、衝動的行動とは何か。
簡単に言うなら、「待てない」ということです。自己抑制が効かずに、早まった行動をとってしまうことです。信号が青に変わる前に歩きだしちゃう人、いますよね?こういった傾向があまりに強いと、社会生活を営む上で様々な問題が生じることは、なんとなく想像できると思います。衝動性があまりに高いと、薬物依存や犯罪行為、自殺などのリスクが上がる、と言われています。ですので、この衝動的行動を減らせるお薬があればいいなあ、と考えてきました。

次に、ネズミ(ラット)で衝動的行動をどう測定するのか。
ラットの餌を少し減らし、おなかを空かせておきます。そして「光る穴に鼻先を入れたら餌がもらえる」ということを覚えさせます。ただし、穴が光る前に鼻先を入れてはいけません。すると、ラットはかなりの割合で穴が光るのを待ち、光ってから鼻先を穴に入れて餌を効率よくとることを覚えます。しかし、時々穴が光るのを待ちきれないで、鼻先を穴に入れてしまいます。この行動を衝動的行動と考えます。

脳の一部に障害があるラット、とは何か。
これまでの研究で、衝動的行動を抑制している脳部位がどこなのか、ということはかなり分かっていました。内側前頭前皮質腹側部という早口言葉みたいな場所が関与しているようです。そこで、この場所をキノリン酸という神経毒で破壊しました。そうするとラットの衝動的行動は著しく増加します。

ミルナシプランというのは何なのか。
抗うつ薬として実際に用いられているお薬です。脳内でセロトニンとノルアドレナリンという神経伝達物質を増やす作用があります。

さて、用語の解説はここまでにして、この研究の要旨の説明に入ります。
今回、このミルナシプランという薬(抗うつ薬)を二週間与えた結果、内側前頭前皮質腹側部(衝動性に関わる脳部位)の障害によって衝動的行動が増加した(待てなくなった)ラットの衝動的行動を効果的に抑制できる(待てるようになった)ことを見出しました。驚いたことに、この回復作用は投薬を中止した後も持続しました。

さらに、内側前頭前皮質腹側部(衝動性に関わる脳部位)でのBDNF(神経の成長を促す物質)増加、そしておそらくその結果としての神経棘突起数および興奮性シナプス後電流(神経細胞同士の情報のやり取りに関する指標)の回復がこの持続的な回復作用の原因である可能性が示されました。

脳科学者でない限り、後半は難しかったと思います。
ただ、このあたりをちゃんと説明しだすとすごく長くなってしまうので、ごく簡単に説明します。
まず、BDNFというのは神経細胞を成長させる物質です。ミルナシプランを投与したら、このBDNFが増えたので、障害された脳部位が部分的に回復したのではないか、ということです。
次に、神経棘突起数とか、興奮性シナプス後電流とかありますが、これらは神経細胞の情報伝達の状態の指標となるものだ、と考えてくれればOKです。これらの指標が改善したので、神経細胞の情報伝達も改善されているだろう、そしてその改善が今回の衝動的行動抑制効果に関わっているのだろう、というわけです。

説明ここまで。

この研究は、個人的には結構思い入れのある研究です。ミルナシプランの研究を始めたのはまだ大学院生だったころです。当時、たまたま研究室にこの薬があったのを見つけた私が、ラットに注射してみたら劇的な行動変化が出た、というのが始まりでした。その後木村さんと共にこの薬がなぜ効くのか、ということを追究してきました。

そういった思い入れのある研究ですが、ミルナシプランの研究はこれで一旦終了です。動物実験で出来ることはほぼやり尽くしてしまったからです。まだできることもあるにはあるのですが、主要なことはやり終えたと言っていいでしょう。この後はヒトに適用してみるのが本来のステップですが、残念ながらヒトに薬を投与する実験は日本ではハードルが高いです。まずは学会発表などをして、精神科医の方々に私たちの研究を知ってもらうことから始めたいと思います。




2014年11月8日土曜日

やさしい科学技術セミナー 補講その2

やさしい科学技術セミナーの補講第二弾です。
今回は札幌東高校から5名の参加でした。

共用施設の共焦点レーザー顕微鏡を使おうと思ったらうまく動作せず、慌てて別の研究室の友人に電話して顕微鏡を借りる事態となりました。
前回火事で今回は故障...うーん。素晴らしい運の悪さです。

しかし友人のおかげで何とか予定の実習を行うことができました。持つべきものは友です。

バタバタしていたので実習の様子を写真に収めるのを失念していました。
代わりに高校生が撮影した顕微鏡写真のなかでのベストショットを載せておきます。
なかなか綺麗に撮れましたね。写真は記念にCD-Rにコピーして配りました。


今回のノーベル化学賞は蛍光顕微鏡技術に関するものでしたね。顕微鏡技術の発展によって、上のような美しい写真が撮れるわけです。美しく見える、ということは微細な構造がはっきり見えている、ということなので、生物学の発展に大いに寄与するわけです。また、これは直接科学に関係ないことですが、こういった美しい写真に心を奪われて研究者を志す人は少なくありません。今回参加した高校生の心に少しでも感動を与えられたとしたら、それは嬉しいことですね。まあ、そうできたかどうかはわかりませんけど。


2014年10月4日土曜日

やさしい科学技術セミナー 補講

やさしい科学技術セミナーが先述のトラブルで途中終了になってしまいましたので、希望者を対象に補講を行いました。

今日は3名の高校生が来訪し、先日できなかった体験を一通りやってもらいました。
時間もたっぷり使えたので、楽しんでもらえたようです。


上の写真は共焦点レーザー顕微鏡で写真をとっているところです。
高校生たちが自分好みのところを顕微鏡下で探し、ピントを合わせて撮影しました。
撮影した写真はCD-Rに焼いて記念品としてプレゼントしました。


この写真はマウスの脳に光ファイバーを差し込んでいるところです。ちょっとこの写真だとわかりにくいですが。光の波長によって組織を透過する程度が変わることを体験してもらいました。

彼女たちは医学部希望だそうです。
何年後かに北海道大学に医学部生として戻ってきてほしいですね。


2014年9月30日火曜日

やさしい科学技術セミナー「光で脳を操作する」 報告

やさしい科学技術セミナー「光で脳を操作する」が先日、9月28日(日)に北海道大学において行われました。

参加した高校生たちの反応もよく、私も楽しく講義することができました。
いろいろと質問も出ましたので、参加者には楽しんでいただけたのではないでしょうか。

講義の様子はyoutubeにアップされています。

また、今回のセミナーについて北海道新聞で取り上げてもらえたようです。
9月29日(月)の夕刊に出ています。カラー写真入りで結構大きく取り上げてもらえたようで何よりです。

ちょっと残念だったのは、講義のあとのことです。
講義の後は実習として参加者に共焦点レーザー顕微鏡を実際に動かしてもらったり、マウスの脳に触ってみてもらうことを企画していました。
しかし、実習の最中にとなりの建物でボヤ騒ぎがあり、セミナーを中止して避難することとなりました。
いろいろと試料を準備していただけに残念です。
参加者も残念そうでしたので、後日希望者に個別に実習に来てもらおうと思っています。
残念ではありましたが、誰も怪我なく良かったです。

財団の小倉さんは「200回以上セミナーをやってきたが、こんなことは初めてだ...」と言っていました。
まあ、私は善し悪しは別として「持ってる」な、と思うことにしましょう(笑)。
レアな事象に出会える運は研究者に必要ですからね。




2014年8月8日金曜日

やさしい科学技術セミナー「光で脳を操作する」の宣伝



やさしい科学技術セミナー「光で脳を操作する」を開催します。
以下情報です。

日時:9月28日(日) 13:00~15:30

場所:北海道大学医学部セミナー室5-1
北海道札幌市北区北15条西7丁目

セミナー概要:「こころ」は脳の神経細胞によって形成されていると考えられていますが、技術的な問題のために、脳の仕組みを詳細に調べることはなかなかできませんでした。しかし最近、光遺伝学という画期的な方法が開発されました。この方法は、植物や古細菌が持っている光受容体の遺伝子を動物の神経細胞の遺伝子に組み込むというものです。こうすることで、その動物の脳内に光を当てれば容易に脳の活動を変化させることができます。この方法を用いることで、脳の仕組みを詳細に調べて、「こころ」の問題に苦しむ人々を治療する方法を見いだせるかもしれません。このセミナーでは光遺伝学の可能性と光遺伝学を用いた研究をいくつか紹介します。30分程度の座学の後、実際に顕微鏡で光受容体が組み込まれた細胞を観察してもらいます。他にも医学部生との対談や神経細胞の詳細な形態観察など、様々な実習を準備しています。

申込みはこちらから↓

皆様のご参加をお待ちしております。

2014年6月16日月曜日

脳のネットワーク地図がマウスでは完成間近か?

ちょっと前の話ですが、Allen Institute for Brain Scienceという世界中の脳科学研究者の味方と言ってもよい組織(これも米国なんです...)から良い意味で恐ろしい論文が発表されました。
題して"A mesoscale connectome of the mouse brain"(doi:10.1038/nature13186)
「マウスにおける中規模の脳地図」とでも訳せばよいでしょうか。

この論文はマウスの脳内ネットワークをかなり明確な形で明らかにしたものです。
つまり、どの脳部位がどことどこにつながっていて、どこから連絡を受けているか、ということを明らかにしてしまったのです。PCに例えるなら、脳内の配線図が得られた、とでも言えばよいでしょうか。

これまでも脳のネットワークを明らかにしようという試みは当然あったのですが、技術的な問題があったために、一つ一つコツコツやってきたのです。いわば、複雑に配線されたスーパーコンピュータの中身を配線一本ずつ確認する、というような作業でした。

しかし、最近のウィルスベクター、顕微鏡の発展、コンピュータのデータ容量の増大をフルに活用して、彼らはこれらの配線を一気に明らかにしてしまいました。

さらに素晴らしいのは、彼らはこの情報を世界中に一般公開していることです。

まだ脳地図は完成には至っていませんが(だから「中規模」の地図と彼らは称している)、もう完成は目前に来ていると言えるでしょう。

私は正直、この膨大な情報から具体的に何が得られるようになるかがまだちゃんと思い描けていません。

ただ、ゲノム解析から得られた情報のように、大きな可能性を秘めた情報の宝庫であることには間違いありません。

こういう時代が来たのだ、と興奮するとともに、このような取り組みに日本の脳科学界が出遅れていることがちょっと悔しいです。

2014年5月24日土曜日

日本発の研究製品がもっとできないのか

海外に特注で頼んでいる光ファイバーがまだ来ない。。。。
もう2ヶ月近く待っている。

こういうことばかりだ。

研究用の製品が海外製ばかりなので、輸入代理店に高額なマージンを取られる上に、来るのが遅い。

ものづくり日本のハズなのに、サイエンス領域ではあまり日本製というのを聞かない。なんでだろう?もっと日本発の研究製品が増えないかな。。。

2014年4月30日水曜日

贈呈式

4/22の研究助成金贈呈式に出席しました。

個人的には堅苦しい式は苦手で眠くなってしまう悪癖があるのですが、国際科学技術財団の贈呈式は刺激的なもので、ずっと覚醒していられました。

審査委員の先生方や他の受賞者との交流を重視しようとする開催側の意図がはっきり汲み取れる素晴らしい式典でした。

実際、既に他の受賞者の先生との共同研究を計画し始めています。

少し残念だったのは、他分野、特にエレクトロニクス、情報通信分野の先生方とあまり交流できなかったことです。

私の研究は「光」遺伝学を用いているので、レーザー技術を必要とします。しかし私には工学のバックグラウンドが無いので、工学系の協力者を探したいと思っていました。

誰か、レーザーの専門家で、生物科学への応用に興味のある方、いませんか?