セロトニン再取り込み阻害薬による不安緩和作用の作用機序解明-光遺伝学を用いて

大村 優
(北海道大学大学院医学研究科 助教)

2015年12月4日金曜日

論文紹介:衝動的行動の抑制制御がラット内側前頭前皮質腹側部の神経活動によって表現されている

最近、私と大学院生が中心となって進めた研究論文が無事受理され、発表されました。

Neuronal codes for the inhibitory control of impulsive actions in the rat infralimbic cortex.
Tsutsui-Kimura I, Ohmura Y, Izumi T, Matsushima T, Amita H, Yamaguchi T, Yoshida T, Yoshioka M.
Behav Brain Res. 2016, 296:361-72.

研究者は上記の論文を直接読んでもらうとして、研究者以外の方のためにこの研究を一言でいうなら、「ネズミを用いて内側前頭前皮質腹側部という脳の部位で神経活動を記録したら、衝動性の制御と関連して神経活動が変化していたよ」ということです。

以下、もう少し詳しく説明しましょう。

まず、衝動的行動とは何か。以前にもこのブログで説明しましたが、簡単に言うなら、「待てない」ということです。自己抑制が効かずに、早まった行動をとってしまうことです。衝動性があまりに高いと、薬物依存や犯罪行為、自殺などのリスクが上がる、と言われています。ですので、この衝動的行動を制御する脳部位はどこで、どのように制御しているのか?ということを知りたいわけです。それが分かれば、治療の指針が立てられます。

次に、ネズミ(ラット)で衝動的行動をどう測定するのか。
簡単に言うと、ネズミに「待て」を教えて、待てなかったら衝動的、と見なします。犬はちゃんと「待て」を覚えますよね。意外かもしれませんが、ネズミも「待て」ができます。ただ、ネズミの場合は覚えるのに時間がかかるのと、犬ほどちゃんと待てないので、時々「待て」ができなくて行動を起こしてしまいます。そこで「待て」ができた時と、失敗した時の神経活動を比較してみた、というのが今回の研究の主旨です。

神経活動を記録したのは内側前頭前皮質腹側部という場所です。ここの神経活動を薬を使って抑制すると、ネズミは「待て」がほとんどできなくなります。

この場所で神経活動を記録した結果、以下のことが分かりました。
1. この場所ではおよそ30%程度の神経細胞の活動が「待て」の成否と関連している。
2. 1.で示された活動変化は一方向ではなかった。つまり、「待て」が成功した時に活動レベルが高い神経細胞もあれば、「待て」が失敗した時に活動レベルが高い神経細胞も同じくらいの割合であった。

意外だったのは2.です。先述のように、薬を使ってこの場所の活動を抑えれば「待て」ができなくなるのだから、「待て」が成功した時にだけ活動レベルが高い(活動レベルが高いことで成功できた)だろうと当初は推測していました。しかし実際に神経細胞が行っている情報処理はもっと複雑なようです。おそらく、単純な活動の増減ではなく、様々な活動を為す神経細胞がネットワークを形成して情報処理を行っているものと考えられます。

以上が概要です。仮説に反する意外な結果だったのですが、だからこそ実験を行った価値があった、とも思います。今後は、「具体的にどうやって情報処理をしているのか?」といったことが問題になってくるわけですが、この問題を解くためには多数の神経細胞の活動を同時に記録しなくてはならなくなり、最新の設備が必要になります。ちょっと現在の私の資金力では手が出ないです。この論文を読んだお金持ちの研究者が、「じゃあうちでやってみようか!」と考えてくれれば嬉しいのですが。

2015年9月28日月曜日

若手優秀発表賞受賞

第45回日本神経精神薬理学会において、若手優秀発表賞を受賞しました。

演題名:「光遺伝学による背側/正中縫線核セロトニン神経制御は不安、うつ、衝動性に部位依存的に影響を与える」

発表者:大村 優,田中 謙二,木村 生,常松 友美,山中 章弘,吉岡 充弘

慶應大学の田中先生、木村先生、名古屋大学の山中先生、常松先生(現在はUniversity of Strathclyde)との共同研究です。

この発表内容はまだ論文化できていないので、簡単に紹介するにとどめますが、概要は以下の通りです。

不安、抑うつ気分、衝動性などの精神機能に脳のセロトニン神経系が関与することは様々な間接的証拠から示唆されてきました。実際に、セロトニン神経系の働きを高めるとされるセロトニン再取り込み阻害薬が不安障害,気分障害(うつ病など)の治療に使用されています。
しかし、これまでの研究には以下のような問題がありました。
1.セロトニン神経「だけ」を操作することができていない。
2.不安、抑うつ、衝動性、はそれぞれ別の精神機能であるにも関わらず、「全てセロトニン神経が関与する」という雑な議論しかできていない(別々の精神機能なのだから別々の神経回路が関与しているはずでしょ?ということ)。

1.は単に技術的な問題で、従来の方法(電気刺激など)ではセロトニン神経以外の神経にも影響を与えてしまい、不安などが変化したとしても、それが果たして本当にセロトニンによるものなのか?が分からなかったのです。私たちはこの問題を、「光遺伝学」という手法を用いて解決しました。この方法は、植物や古細菌が持っている光受容体の遺伝子を動物の神経細胞の遺伝子に組み込むというもので、今回は遺伝子工学を駆使してセロトニン神経細胞「だけ」に光受容体(チャネルロドプシン2:ChR2)の遺伝子を組み込みましたこのマウスの脳内に光ファイバーを埋めて青色の光を当てると,短い時間(1分程度)セロトニン神経の活動だけを選択的に増加させることが可能になります。このマウスを用いて、セロトニン神経活動を増加させた場合にマウスの不安やうつ様行動、衝動的行動がどう変化するのかを調べれば、この問題は解決します。これが今回の発表の要の1つです。
2.については、セロトニン神経の回路を細かく分けて操作することで解決しようとしています。セロトニン神経細胞は脳幹という場所に固まっており、いくつかの小集団に分かれています。まずはこれらを別々に光照射して、特定のセロトニン神経小集団だけを刺激します。さらに、放出されたセロトニンを受け取る生体装置(受容体)にも種類があるので、その特定の種類だけを薬でブロックしたり、遺伝工学的に無くす(その生体装置、受容体の設計図となる遺伝子が機能しないようにしておく)、ということをします。こうすうることで、特定のセロトニン神経回路だけを操作して、どの回路がどの精神機能(不安、うつ、衝動性)に関与しているのか?を調べました。
この作業はまだ途中なのですが、ある程度うまくいっており、不安とうつの神経回路についてはかなり綺麗に分離できそうです。不安とうつ、というと似ている感じがするのですが、全く異なるセロトニン神経回路がそれぞれの精神機能に関わっているようです。不安と衝動性についても、関与する受容体の種類が異なるようです。
このあたりがもっとはっきりしてくると、様々な嬉しいことがあります。まず、私たちの生物の精神機能に対する「見方」が改善されるでしょう。例えば、一見似ていると思っていた感情が、実際には全く別物なのだ、というように。そしてもっと応用的な側面としては、精神疾患の治療法の指針を大きく変えるはずです。これまでは、うつ病なら「うつ」を治そう、不安障害なら「不安」を治そう、としてきたわけですが、「うつ」は治ったけど「不安」は悪化した、とか、「不安」は治ったけど衝動的になった、という問題がありました。これでは意味がないですよね。しかしそれぞれの神経回路をはっきり分離できるなら、それぞれの神経回路だけを操作できるような治療法を目指していけばいいわけです。私はこの研究が生物の感情に対する人々の価値感を変え、精神疾患治療法開発への足掛かりになると確信しています。

できるだけ分かりやすく話したつもりですが、まだまだ私もアウトリーチ活動初心者ですので、理解しがたい部分があったかもしれません。よく分からないところがあれば、是非コメントしてください。少しずつ直していきます。





2015年8月9日日曜日

論文紹介:抗うつ薬のフルボキサミンは幼若期ストレス負荷ラットのうつ様行動を改善する

私と大学院生が中心となって進めた研究論文がつい先日掲載されました。

Repeated fluvoxamine treatment recovers juvenile stress-induced morphological changes and depressive-like behavior in rats.
Lyttle K, Ohmura Y, Konno K, Yoshida T, Izumi T, Watanabe M, Yoshioka M.
Brain Res. 2015, 1616: 88-100.

第一著者のKerise Lyttleさんはジャマイカからの留学生で、今年の春無事学位を取得して卒業しました。

①この研究では、乳離れしたばかりの仔ラットにストレスを与えました。そうすると、大人になった後もうつ病のような症状を示しました。これは、子供のころにトラウマになるような経験があるとその後の精神疾患発症率があがる、というヒトの研究とも一致するものでした。

②次に、幼少期にストレスを受けたラットの脳がどのような変化を起こしているのかを調べました。すると、内側前頭前野腹側部という脳の部位において、神経細胞が委縮してしまっていることが見出されました。この長ったらしい名称の部位は、うつ病との関係が繰り返し報告されている脳部位です。

③さらに、この状態をどうやったら治せるのか?という問題に取り組むために、フルボキサミンという抗うつ薬を2週間投薬しました。薬の投与は仔ラットへのストレス負荷が終わった翌日から開始しています。すると、①、②で見られていたような症状がほぼ回復しました。

以上が研究の概略です。

この研究の問題点は、③で実施したような抗うつ薬の投与が実際にヒトの子供に対してできるのか?ということでしょう。
A. まず、トラウマになるような経験をした子供を速やかに発見して治療にあたる、ということ自体が難しいです。
B. さらに、子供に抗うつ薬を投薬することについては、副作用の観点から問題視されています。

A.については行政の問題だと思うので科学者としてはノータッチですが、B.については現在研究を進めているところです。なぜ子供に抗うつ薬を投与すると、大人では見られないような副作用が出てしまうのか?この問題を解決できれば、今回紹介した研究の成果も活きてくるでしょう。

2015年5月1日金曜日

神経科学に数学の時代到来の予感

最近の神経科学(脳科学)の技術発展は目を見張るものがあります。
あまりにも進展が早すぎて、ついていくのでやっと、という感じです。

ここ7-8年に絞って私の知る限りという制限の中でも、多くの革新がありました。

光遺伝学、
DREADD(人工受容体)、
ウィルスベクター技術の発展、
CRISPR/Cas9、
生体内光イメージング技術の発展、

どれも素晴らしい技術で、しかも互いに欠点を補完し合っています。
詳しく知りたい方はそれぞれの単語を検索してみてください。

さて、今回は最後の光イメージング技術というものについて話してみたいと思います。

光イメージングというのは神経細胞の活動を何らかの方法で光の波長変化に置き換えることで神経細胞の活動を記録するものです。例えば、神経細胞の活動が上昇すると緑色に光る、といった感じです。

この技術の長所は、何百個もの神経細胞の活動変化を同時にとらえられるということです。原理的にはもっと多くてもできるはずです。

この技術自体は結構昔からあったのですが、培養細胞で用いられるのが主体で、時々麻酔で眠らせた動物から記録をとった論文が出るぐらいでした。しかし最近は感度もシグナル/ノイズ比も格段に向上し、自由に動いている動物から記録をとることが可能になりました。まさに、生きている動物の頭の中をリアルタイムで覗くことができるわけです。

しかし、これらの進展を目の当たりにしながら、私には常に疑問がありました。それは、「どうやって複数の神経細胞の活動を統合的に分析するのか?」という疑問です。1つの細胞を記録するだけなら、単に活動が「上がった」「下がった」でいいのですが、複数、特に何百個もの活動を同時に記録した場合、それではすまないのです。「その莫大な情報から何が読み取れるのか?」この問いに答えない限り、光イメージングの発展は、「ふーん、すごいねー」で終わってしまいかねません。

この問題に答えを与える可能性があるのが、数学だと思います。最近、ビッグデータを扱う数学モデルが注目を集めているようですが、同じことが神経科学におけるビッグデータ(多くの神経細胞の活動変化)にも言えるでしょう。数百、数千、数万の神経活動を数式で表すことが出来たとしたら、それはとてつもなく素晴らしいことです。脳がどのように情報を処理しているのかが分かり、次に何が起こるのか、あるインプットに対してどう反応するのか、が数式にあてはめるだけで分かるのですから。

近いうちに、ノーベル生理学賞受賞者に数学者の名前が入る、なんてことがあるかもしれません。

残念ながら、私は数学が苦手なので、このエキサイティングな戦いに参戦できそうもないです。せめて進展があったときに理解できるように、少しずつ勉強しておこうか、と考えているところです。

数学なら誰にも負けない、という方、神経科学をやってみてはどうですか?


2015年3月22日日曜日

脳科学研究、してみませんか?

今年度ももうすぐ終わりですね。
終わりは始まりにつながる、ということで、大学院生募集の宣伝です。

私の研究内容は以下のページに概要が書いてあります。
http://www.geocities.jp/neuropharmacology_yuohmura/research.html

脳科学に興味のある学部生は、まずはご一報ください。

来年度ではなく今年度の要項ですが、大学院募集要項なども上のリンクからたどれます。

教科書を読むことより、教科書に新たな1ページを書き加えることに喜びを感じる人、ぜひ連絡をください。

もし私の研究内容がそこまであなたの興味にマッチしなくても、あなたの希望にマッチする研究者を紹介できるかもしれません。