セロトニン再取り込み阻害薬による不安緩和作用の作用機序解明-光遺伝学を用いて

大村 優
(北海道大学大学院医学研究科 助教)

2017年8月17日木曜日

論文紹介:抗うつ薬ミルナシプランは衝動的行動、攻撃行動、うつ様行動に対して、異なる用量依存性を示す

先日、抗うつ薬であるミルナシプランが衝動的行動、攻撃行動、うつ様行動に与える影響について調べてきた成果をまとめた論文が受理されました。

Milnacipran affects mouse impulsive, aggressive, and depressive-like behaviors in a distinct dose-dependent manner.
Tsutsui-Kimura I, Ohmura Y, Yoshida T, Yoshioka M.
Journal of Pharmacol Sciences. 2017 Jul;134(3):181-189. doi: 10.1016/j.jphs.2017.06.004.

これは当時大学院生であった木村生さんとの研究です。木村さんは卒業後、慶応義塾大学でポスドクをして、この夏からはHarvard Medical Schoolに留学予定です。いいなあ、留学。

さて、今回の研究結果の要点は、「ミルナシプランは衝動的行動、攻撃行動、うつ様行動に影響を与えるが、その用量反応曲線はそれぞれは異なる。そしてその理由は内側前頭前野および側坐核という脳部位のセロトニン、ドパミン細胞外濃度変化によって部分的には説明できる。」ということです。

これだけだと一部の専門家以外分からないと思うので、もう少し説明します。

ミルナシプランは主に抗うつ薬として用いられていますが、衝動性も抑えるという効果が動物実験で繰り返し報告されている一方で、ヒトでは投薬開始初期に衝動性や攻撃性の亢進がみられるという報告もあります。これらの矛盾を何とか説明できないか、というのがこの研究のモチベーションでした。

「用量依存性」「用量反応曲線」とか言うと薬の研究している人以外は?となってしまいますが、何も難しい話ではありません。単純に考えれば、薬の量を増やせば効果もどんどん増えますよね?それをグラフにしただけです。しかし、薬を研究している人たちの間では、薬の量と効果が単純な線形比例関係(どこかで効果が頭打ちはしますが)になっているとは限らない、ということが知られています。精神機能に影響を与える薬については、経験的には、U字型、逆U字型の用量反応曲線を描くことの方が多いと思います(縦軸を効果、横軸を薬の投与量として)。例えば、薬が少量だと効果がないが、中程度の量だと効果がある。しかしもっと多い量だと逆に効かなくなる、というようなことです。

さて、だとすると、もしかしたら薬の用量反応曲線というのが、それぞれの精神機能ごと(衝動性、攻撃性、うつ)に違ったりしませんかね?そして、その違いがミルナシプランの効果についての矛盾を説明したりしませんか?というのが今回の仮説でした。

これまでは薬がそれぞれの行動(衝動的行動、攻撃行動、うつ様行動)に与える効果を別々の実験動物やヒト、もしくは異なる実験条件下で観察してきたけど、同じ動物、もしくは実験条件を揃えて、薬の投与量を振ってすべての行動を見てみましょう、というのが今回の取り組みの新しい点です。

その結果、おもしろいことがわかりました。
まず、仮説通りに用量反応曲線はそれぞれの行動に対して異なる様子を見せたのですが、「こんなに違う?」というぐらい違いました。うつ様行動については単純な比例関係でした(薬の量が増えるほど抗うつ効果が高まる)。衝動的行動と攻撃行動についてはU字型の反応曲線を示したのですが、位相がずれている上に、高用量だと逆に悪化という現象が攻撃行動についてのみ見られました(下図参照)。
この結果は先行知見の矛盾を説明できるものです。つまり、「ミルナシプランで攻撃行動や衝動的行動が抑制される」という研究は上図の左側を見ていて、「ミルナシプランは抗うつ効果がある」という研究は上図の右側を見ているのでしょう。

こうなってくると、次に知りたいのは、「この副作用は回避できないの?」ということです。抗うつ作用を得ようとして薬の量を上げていくと、衝動性は抑えられないし攻撃性は上がるので、困ってしまいます。うまく中程度の量を狙う(上図の中央あたりを狙う)、というのが現時点での解決策でしょうが、基礎研究者としては脳内メカニズムの解明から理屈による回避を狙いたいのです。

そこでミルナシプランを投与した動物の脳内のセロトニン、ドパミン濃度変化を調べたところ、どうも衝動的行動については内側前頭前野および側坐核という脳部位のドパミンで説明がつきそうなのですが、攻撃行動については今回調べた範囲の証拠では説明がつかないようです。このあたりは今後の課題でしょうか。

10年以上薬理学研究に携わってきましたが、用量反応とは奥深いと改めて感じた研究でした。

2017年1月11日水曜日

論文紹介:禁煙補助薬バレニクリンはニコチン曝露状態に依存して衝動的行動を引き起こす

先日、禁煙補助薬であるバレニクリン(商品名:チャンピックス)が衝動性に与える影響について調べてきた成果をまとめた論文が受理されました。

Varenicline Provokes Impulsive Action by Stimulating α4β2 Nicotinic Acetylcholine Receptors in the Infralimbic Cortex in a Nicotine Exposure Status-Dependent Manner.
Ohmura Y, Sasamori H, Tsutsui-Kimura I, Izumi T, Yoshida T, Yoshioka M.

Pharmacology Biochemistry & Behavior, 2017, in press, 
http://dx.doi.org/10.1016/j.pbb.2017.01.002

この研究の要点は、「バレニクリンを投与するとラットは衝動的行動を示す。ただし、その効果はニコチンを長期投与していない場合にのみ見られる。」ということです。他にも薬の投与経路を変えることの効果やバレニクリンの効果の脳内メカニズムなど細かいこともいろいろ調べているのですが、そのあたりはこの分野の研究者以外あまり興味のないことでしょうから割愛します。

バレニクリン(商品名:チャンピックス)は禁煙補助薬として知られていますが、この薬はタバコの主成分であるニコチンと似た効果(ただし弱い効果)を持っているので、ニコチンと同様の悪影響をもたらしてしまうのでないか?という懸念がありました。動物にニコチンを投与すると衝動的になる(待てなくなる)、ヘビースモーカーは衝動的な人が多い、ということがこれまで示されてきました。では、バレニクリンも衝動性亢進作用を持っているのではないか?と考えたわけです。実際、バレニクリンは衝動性亢進作用を持っていたわけですが、動物にニコチンを長期間投与して喫煙者のような状態を作り出してから再びバレニクリンを投与すると、その衝動性亢進作用は消失しました。これはおそらく、ニコチンの長期間投与が、ニコチンの効果を担っている受容体(ニコチンに反応するタンパク質)が脱感作を起こしたからだと考えられます(繰り返し反応することで反応が鈍くなった)。つまり、バレニクリンの悪影響(衝動性亢進作用)については、少なくとも喫煙者に使っている分には気にしなくて良い、と考えられます。

最近はバレニクリンが他の依存症-アルコール依存症など-にも使えるのではないか、と期待されているので、それには若干水を差す結果となりましたが、禁煙補助薬としてはやはり優秀だった、というところでしょうか。

今回の研究は正直、そこまで目新しい成果はありませんでした。こういう結果だとあまり論文を書く気が起きないのですが、そこは自分を奮い立たせて書きました。ちゃんと資料として残して公開しておけば、誰かの役には立つかもしれませんしね。華やかな研究が注目されますが、コツコツ小さな証拠を固めて行くのも科学だ、と自分に言い聞かせて。