セロトニン再取り込み阻害薬による不安緩和作用の作用機序解明-光遺伝学を用いて

大村 優
(北海道大学大学院医学研究科 助教)

2019年11月30日土曜日

論文紹介:セロトニン5-HT2C受容体欠損マウスは不安が低いが、新しい環境に慣れにくい。

先日、セロトニン5-HT2C受容体遺伝子を持っていないマウスはあまり不安を感じないが、新しい環境に慣れるのは遅く探索行動を続ける、ということを報告した論文が受理されました。

Behavioral Characteristics of 5-HT2C Receptor Knockout Mice: Locomotor activity, Anxiety-, and Fear Memory-related Behaviors
Nebuka M, Ohmura Y, Izawa S, Bouchekioua Y, Nishitani N, Yoshida T, Yoshioka M.
Behavioural Brain Research, in press.
https://doi.org/10.1016/j.bbr.2019.112394

これは大学院生の根深さんとの研究です。

研究開始当初とはだいぶ趣旨が変わりましたが、結果的に良い研究になったと思っています。最初は、恐怖記憶の消去にセロトニン5-HT2C受容体が関わっていそうだという私の予備的結果から始まっています。その上で運動量や不安といった周辺の機能について先行研究を再現する必要があったのですが、どうもセロトニン5-HT2C受容体遺伝子欠損マウスに関する先行研究の結果がバラバラで、そもそも何を再現したらいいのかが分からない。何でこんなことになってるの?ということになり、方針転換。なぜ先行研究の結果がバラバラなのか、その原因を追究することにしました。

一応その原因は判明したのですが、一言ではちょっと説明が難しいです。。。
強引に要約すると、先行研究よりも詳細な分析方法を用いると、裏に隠れていた性質は共通のようでした、という結論です。

まず、運動量についてですが、マウスは新しい環境に置かれると、周囲を探索します。しかし時間が経つとその探索行動(運動量)はどんどん減少していきます。
これを新奇環境への慣れ、とみなすわけですが、セロトニン5-HT2C受容体遺伝子欠損マウスではなかなか探索行動が減少しないのです。
しかし新しい環境に置かれた直後は通常のマウスと同じような振る舞いをするので、経時変化を詳細に分析しないと違いが分からなかった、ということです。

次に不安についてですが、どうもセロトニン5-HT2C受容体遺伝子欠損マウスは「優柔不断」みたいな性質があるらしく、そのために従来の不安評価方法(高架式十字迷路)ではマウスが判断を迷っている時間が長いためにうまく評価できない。そこでマウスが判断を迷わなくてよい(より選択肢が少ない)状況において不安を評価すると、セロトニン5-HT2C受容体遺伝子欠損マウスはあまり不安を感じていないようだ、という結果でした。

当初の目的であった恐怖記憶の消去についても調べているのですが、それについては結論を保留しています。その理由についてはマニアックな話になるので、興味のある方は論文をご覧になってください。

ともかくセロトニン5-HT2C受容体の機能を失うと不安が軽減される、ということなので、セロトニン5-HT2C受容体をブロックする薬というのが抗不安薬の開発において一つの手掛かりになるのかもしれません。副作用としては、優柔不断になってしまう、でしょうか。

この論文は、先行研究の追試がメインになっていたので、一般的にはなかなか受理されにくい論文です。そこで雑誌の編集者に添えた手紙には、「『新しい』研究ばかりがもてはやされて統合されることなく散発的に論文が出ている現状は科学の発展に望ましくなく、それらを統合しようとする試みこそ科学の発展には重要ではないか」というようなことを書きました。これは私の本音です。そして、それを受け入れてくれたBehavioural Brain Researchの編集者に敬意と感謝の意を表します。

2019年11月5日火曜日

論文紹介:ブロナンセリンは衝動的行動を抑制する

先日、非定型抗精神病薬のブロナンセリンが衝動的行動を抑制することを報告した論文が受理されました。

Blonanserin Suppresses Impulsive Action in Rats.
Nishitani N, Sasamori H, Ohmura Y, Yoshida T, Yoshioka M.
J Pharmacol Sci., in press.
https://doi.org/10.1016/j.jphs.2019.09.013

これは助教の西谷先生および大学院生の笹森さんとの研究です。
実はこれは私が6年前ぐらいに途中までやった実験を忘れていて、最近ふとした拍子に古いデータを見つけて思い出して二人にデータを足してもらって短くまとめたというものです。
情けない話ですが、思い出しただけ良しとしましょう。

抗精神病薬で衝動的行動を抑えることが確認されているのは、クロザピンとリスペリドンだけだったので、1つ足せた、ということですね。短報ですが、それなりに意味のある報告ではないかと思っています。じゃあ忘れずに早く出せばいいのにね。。。

2019年9月23日月曜日

論文紹介:REM睡眠時に活性化するMCH神経が海馬依存記憶の忘却に関与している

先日、名古屋大学との共同研究が無事論文となりました。

REM sleep-active MCH neurons are involved in forgetting hippocampus-dependent
memories.
Izawa S, Chowdhury S, Miyazaki T, Mukai Y, Ono D, Inoue R, Ohmura Y, Mizoguchi H, Kimura K, Yoshioka M, Terao A, Kilduff T, Yamanaka A.
Science. 2019, 365: 1308-1313.

眠ると記憶が薄れてしまう仕組みが一部解明されたと言えるでしょう。素晴らしい。
研究内容について、詳しくはプレスリリースをご覧ください。
http://www.riem.nagoya-u.ac.jp/4/drof1/nr/files/Sci_190920.pdf

これは名古屋大学の山中章弘先生のチームが中心となって行われたもので、私は行動実験と分析の一部を手伝わせていただきました。Science誌の査読過程を見ることができて、大変勉強になりました。

Science誌ぐらいになると、reviewerも随分無茶なこと言ってくるな。。。というのが正直な感想です。そんな追加実験したらもう一つ別の論文が出来てしまうではないか、という要求がズラリと並べられるのです。これに応えるのに何年かかるの?とその時は思いました。そして、その無茶な要求に短期間で全て応えてしまうところに、山中先生と、山中先生のチームの凄さを感じました。

今の自分には無理だな、と思うと同時に、将来的に目指すべき所が明確になったようにも思います。

第一著者の伊澤君は北大の獣医学部出身で、うちの研究室に出向して実験していた時期がありました。その時のことが懐かしく思えます。
伊澤君、おめでとう!

2019年8月8日木曜日

論文紹介:別々のセロトニン神経回路が不安、うつ、衝動性それぞれを制御する

先日、マウスのセロトニン神経の各回路がそれぞれ別の情動を制御していることを光遺伝学を用いて示した論文が受理されました。

Different roles of distinct serotonergic pathways in anxiety-like behavior, antidepressant-like, and anti-impulsive effects.
Ohmura Y, Tsutsui-Kimura I, Sasamori H, Nebuka M, Nishitani N, Tanaka KF, Yamanaka A, Yoshioka M.
Neuropharmacology. 2019 Jul 9:107703. doi:10.1016/j.neuropharm.2019.107703. [Epub ahead of print], PMID: 31299228

これは5年ぐらいかけて取り組んだ研究です。長かった...

セロトニンは一般的には「幸せホルモン」とか適当なことを言われていますが、実際はもっと複雑です。例えば、脳内のセロトニンに限定しても、複数の神経核(セロトニン神経細胞が集まっているところ)が存在し、それらの神経核が情報を送っている脳部位も神経核ごとに異なることが研究者の間では知られています。つまり、回路(ネットワーク)が分かれているのだから、セロトニンの機能が単一であるとは考えにくいのです。さらに臨床現場では、脳内のセロトニンを増やすような薬がうつ病の治療薬として使用されていますが、投与後に一時的に衝動性が亢進したり、不安が悪化したりするような現象もしばしば報告されています。

そこで私は、「セロトニン神経はその回路ごとに機能がはっきり分かれているはずだ」という仮説を立てました。例えば回路Aは不安、回路Bはうつ、というように。そして、この仮説が正しければ、上記の副作用の原因も当たりがつくはずです。今臨床現場で使用されている薬は、「脳全体の」セロトニンを増やしてしまうのですから、回路の区別なく動かしてしまうわけです。治療目的のためには動かす必要のない回路を動かすがゆえに、副作用が出てしまうと考えることが出来ます。

さて、この仮説を検証するために、光遺伝学という方法を用いました。詳細は省略しますが、この方法を使うと、動物の脳に光を当てるだけで、特定の神経細胞(今回はセロトニン神経細胞)の活動を変化させることができます。さらにマウスの脳内に光ファイバーを埋め込んで、特定の回路を狙って光を当てることで、回路も限定することができます。この方法を用いて、以下の図のように、セロトニン神経の回路ごとに機能が異なることを示すことが出来ました。

ここで特筆すべき点としては、脳内のセロトニン系を「全体的に」活性化してしまった場合、抗うつ効果を発揮する(上図青色部分)と同時に、不安を増悪させてしまう可能性(上図オレンジ部分)があるということです。ですから、何らかの工夫によって青色部分の回路だけを刺激することが出来れば、抗うつ薬の副作用を回避することができる、ということになります。もちろんそれを実現するのは非常に困難なことですが、とりあえず方向性は見えた、ということです。

図にも「?」で示されているように未解明の部分は残されていますが、地道に追っていくことで解明できると思います。残りの研究者人生で、少なくとも「理論的には~病は治せる」というところまでは持っていきたいものです。

2019年7月6日土曜日

論文紹介:CRISPR/Cas9を介したゲノム編集によるセロトニン5-HT1A受容体機能喪失

先日、ゲノム編集によって成熟マウスのセロトニン5-HT1A受容体の機能を喪失させることに成功したという成果をまとめた論文が受理されました。

CRISPR/Cas9-mediated in vivo gene editing reveals that neuronal 5-HT1A receptors in the dorsal raphe nucleus contribute to body temperature regulation in mice.
Nishitani N, Ohmura Y, Nagayasu K, Shibui N, Kaneko S, Ohashi A, Yoshida T, Yamanaka A, Yoshioka M.
Brain Res. 2019 Jun 10. pii: S0006-8993(19)30336-1. doi:10.1016/j.brainres.2019.06.009. [Epub ahead of print]
PMID: 31194947

これは特任助教の西谷直也先生との研究です。西谷先生は2018年4月に京都大学から北海道大学に赴任されて、今回の研究チームに加わってくれました。

ゲノム編集を用いた研究は当研究室からは初の発表なので、嬉しいです。ゲノム編集を自在に使えるようになれば、私たちの研究テーマであるセロトニン受容体の研究を効率よく進められます。セロトニン受容体は14種類も存在し、各受容体を選択的に刺激したりブロックしたりする薬があまり存在しないことが研究上の課題でした。そこで、遺伝子レベルで選択的調節を行うことでこの課題を解決しようとしています。

この研究のもう1つのポイントは、受精卵ではなく成熟動物を使用している、ということです。受精卵に対するゲノム編集は技術的問題のみならず倫理的な問題が大きく、少なくともヒトに使用するのは明らかに時期尚早です。結果として生まれる子供たちに決定権がない上に、誰がその結果の責任を取るのかも不明確で、しかもその影響が次世代に受け継がれてしまう可能性もあるからです。しかし、成人に使用するのであれば、それらの問題はほぼ無くなります。本人の意思で決定すればよく、生殖細胞以外への適用に限れば次世代への影響もありません。私たちの研究が初というわけではないのですが、成熟動物への適用を試した研究はまだ少なく、情報を蓄積していく過程に貢献できたのではないかと考えています。