セロトニン再取り込み阻害薬による不安緩和作用の作用機序解明-光遺伝学を用いて

大村 優
(北海道大学大学院医学研究科 助教)

2019年8月8日木曜日

論文紹介:別々のセロトニン神経回路が不安、うつ、衝動性それぞれを制御する

先日、マウスのセロトニン神経の各回路がそれぞれ別の情動を制御していることを光遺伝学を用いて示した論文が受理されました。

Different roles of distinct serotonergic pathways in anxiety-like behavior, antidepressant-like, and anti-impulsive effects.
Ohmura Y, Tsutsui-Kimura I, Sasamori H, Nebuka M, Nishitani N, Tanaka KF, Yamanaka A, Yoshioka M.
Neuropharmacology. 2019 Jul 9:107703. doi:10.1016/j.neuropharm.2019.107703. [Epub ahead of print], PMID: 31299228

これは5年ぐらいかけて取り組んだ研究です。長かった...

セロトニンは一般的には「幸せホルモン」とか適当なことを言われていますが、実際はもっと複雑です。例えば、脳内のセロトニンに限定しても、複数の神経核(セロトニン神経細胞が集まっているところ)が存在し、それらの神経核が情報を送っている脳部位も神経核ごとに異なることが研究者の間では知られています。つまり、回路(ネットワーク)が分かれているのだから、セロトニンの機能が単一であるとは考えにくいのです。さらに臨床現場では、脳内のセロトニンを増やすような薬がうつ病の治療薬として使用されていますが、投与後に一時的に衝動性が亢進したり、不安が悪化したりするような現象もしばしば報告されています。

そこで私は、「セロトニン神経はその回路ごとに機能がはっきり分かれているはずだ」という仮説を立てました。例えば回路Aは不安、回路Bはうつ、というように。そして、この仮説が正しければ、上記の副作用の原因も当たりがつくはずです。今臨床現場で使用されている薬は、「脳全体の」セロトニンを増やしてしまうのですから、回路の区別なく動かしてしまうわけです。治療目的のためには動かす必要のない回路を動かすがゆえに、副作用が出てしまうと考えることが出来ます。

さて、この仮説を検証するために、光遺伝学という方法を用いました。詳細は省略しますが、この方法を使うと、動物の脳に光を当てるだけで、特定の神経細胞(今回はセロトニン神経細胞)の活動を変化させることができます。さらにマウスの脳内に光ファイバーを埋め込んで、特定の回路を狙って光を当てることで、回路も限定することができます。この方法を用いて、以下の図のように、セロトニン神経の回路ごとに機能が異なることを示すことが出来ました。

ここで特筆すべき点としては、脳内のセロトニン系を「全体的に」活性化してしまった場合、抗うつ効果を発揮する(上図青色部分)と同時に、不安を増悪させてしまう可能性(上図オレンジ部分)があるということです。ですから、何らかの工夫によって青色部分の回路だけを刺激することが出来れば、抗うつ薬の副作用を回避することができる、ということになります。もちろんそれを実現するのは非常に困難なことですが、とりあえず方向性は見えた、ということです。

図にも「?」で示されているように未解明の部分は残されていますが、地道に追っていくことで解明できると思います。残りの研究者人生で、少なくとも「理論的には~病は治せる」というところまでは持っていきたいものです。

2019年7月6日土曜日

論文紹介:CRISPR/Cas9を介したゲノム編集によるセロトニン5-HT1A受容体機能喪失

先日、ゲノム編集によって成熟マウスのセロトニン5-HT1A受容体の機能を喪失させることに成功したという成果をまとめた論文が受理されました。

CRISPR/Cas9-mediated in vivo gene editing reveals that neuronal 5-HT1A receptors in the dorsal raphe nucleus contribute to body temperature regulation in mice.
Nishitani N, Ohmura Y, Nagayasu K, Shibui N, Kaneko S, Ohashi A, Yoshida T, Yamanaka A, Yoshioka M.
Brain Res. 2019 Jun 10. pii: S0006-8993(19)30336-1. doi:10.1016/j.brainres.2019.06.009. [Epub ahead of print]
PMID: 31194947

これは特任助教の西谷直也先生との研究です。西谷先生は2018年4月に京都大学から北海道大学に赴任されて、今回の研究チームに加わってくれました。

ゲノム編集を用いた研究は当研究室からは初の発表なので、嬉しいです。ゲノム編集を自在に使えるようになれば、私たちの研究テーマであるセロトニン受容体の研究を効率よく進められます。セロトニン受容体は14種類も存在し、各受容体を選択的に刺激したりブロックしたりする薬があまり存在しないことが研究上の課題でした。そこで、遺伝子レベルで選択的調節を行うことでこの課題を解決しようとしています。

この研究のもう1つのポイントは、受精卵ではなく成熟動物を使用している、ということです。受精卵に対するゲノム編集は技術的問題のみならず倫理的な問題が大きく、少なくともヒトに使用するのは明らかに時期尚早です。結果として生まれる子供たちに決定権がない上に、誰がその結果の責任を取るのかも不明確で、しかもその影響が次世代に受け継がれてしまう可能性もあるからです。しかし、成人に使用するのであれば、それらの問題はほぼ無くなります。本人の意思で決定すればよく、生殖細胞以外への適用に限れば次世代への影響もありません。私たちの研究が初というわけではないのですが、成熟動物への適用を試した研究はまだ少なく、情報を蓄積していく過程に貢献できたのではないかと考えています。